沿革

笹森

 本校は、明治の冒険家、経世家として名高い第二代青森市長・笹森儀助翁が、私立青森商業補習夜学校を創立した、明治35年より数えて、平成24年に創立百十周年を迎えました。
 この間、全日制・定時制併せて3万1千有余名の卒業生を世に送り出し、広く県内外に優れた商業人・実業人等を輩出し、郷土の繁栄・日本の繁栄の一翼を担ってまいりました。
 今日まで築かれた青商高の輝かしい伝統を守り、21世紀に羽ばたく青商生に夢と希望を与え、誇りと自信を持って勉学や部活動に専念できる教育環境の整備と、青森商業高校のさらなる発展を期するものであります。

笹森儀助翁の紹介(PDF)

Sasamori_Gisuke(English)

 


明治35年10月 1日 青森市第2代市長笹森儀助により、新町尋常小学校校舎内に私立青森商業
         補習夜学校を開校

同 38年 4月17日 私立青森商業補習夜学校を青森市に移管し、青森市立商業補習学校と改称
         して青森高等小学校校舎内に附設

同 40年 3月28日 青森市立商業補習学校の組織を変更し、青森市立商業学校として設立する
         件、文部大臣より認可。校舎を寺町に設置

同 40年 4月17日 生徒制帽と帽章を制定、同27日に制服を制定

同 40年 4月20日 乙種商業学校として青森市大字寺町旧浦町尋常小学校校舎にて授業を開始

同 42年 3月26日 第1回卒業式挙行。卒業生11名

同 42年 5月18日 本校規則を制定

同 44年 6月29日 本校位置を大字造道字浪打100番地の1号への変更の件、文部大臣より認可

同 44年12月14日 新築校舎に移転

同 45年 4月 6日 校旗制定式を挙行

大正 6年 4月17日 甲種商業学校に組織を変更の件、文部大臣より認可

同  6年 9月 9日 創立10周年記念式典挙行

同  6年 9月23日 創立10周年記念を記念して校歌制定

同  9年 4月20日 創立13周年記念式典挙行

同  9年 7月 6日 学則改正の件認可。新たに専修科を設置

同  9年10月30日 教育勅語発布30年記念青商図書館の落成式挙行

同 10年 4月 1日 生徒定員を450名に増員の件認可

同 12年 3月15日 専修科を廃止

同 14年 3月12日 生徒定員を750名に増員の件認可

同 14年10月17日 第1回青商バザー開催

同 15年 4月 1日 県に移管され名称を青森県立商業学校と改称

同 15年 9月24日 創立20周年記念式典挙行 

昭和 5年10月30日 青商図書館新築落成式を挙行

同 11年10月17日 創立30周年記念式典挙行

同 15年 4月25日 校歌制定の件認可

同 19年 2月18日 名称を青森県立青森第二工業学校と改称

同 19年 4月 1日 青森県立青森第二工業学校が開校。電気科・電気通信科を設置

同 19年 3月22日 火災のため講堂以外校舎の大半を焼失

同 20年 7月28日 空襲により校舎全焼

同 20年 8月10日 校舎焼失のため本部を市立第一中学校(現浪打中学校)に置く

同 20年 9月 1日 市立第一中学校の3教室を借り授業行う

同 20年12月 5日 青森県立商業学校に校名を復元

同 21年 3月27日 青森県立青森第二工業学校の転科生第2・3学年79名の入学式挙行

同 21年 4月17日 青年師範学校校舎の一部を借り授業行う

同 21年 6月21日 校舎を東津軽郡筒井村大字筒井字桜川の元九十三部隊跡に設置

同 22年11月23日 創立40周年記念式典挙行 

同 23年 4月 1日 青森県立青森商業高等学校と改称。新校旗・校章を制定

同 23年 4月15日 青森県立青森商業高等学校開校式を挙行

同 25年 3月31日 青森県立青森商業高等学校は廃校となる

同 25年 4月 1日 青森県立実業高等学校を新設。商業科と家庭科を設置(1学年は浪打
         校舎、2・3学年は筒井校舎を使用)

同 26年 3月27日 筒井校舎から浪打校舎に移転

同 27年 4月 1日 定時制高等学校設置許可

同 27年 5月 1日 青森市立中央高校小湊分校と野内分校並びに青森県立青森工業高校高
         田分校が本校定時制分校に配置替え

同 29年 4月 1日 青森県立青森商業高等学校に復元、家庭科の募集中止

同 30年10月20日 創立50周年記念事業として独立図書館完成

同 30年10月23日 創立50周年記念式典挙行(創立の起算を明治38年4月17日とする)

同 31年 4月 1日 定時制課程高田分校が青森市立北斗高等学校に配置替え

同 32年 4月 1日 青森県立高等学校校則公布により学則を変更

同 40年10月17日 創立60周年記念式典挙行

同 41年 7月 7日 創立60周年記念事業として青商会館(合浦スポーツハウス)完成

同 46年 3月31日 定時制課程野内分校が本校に統合

同 46年 4月 1日 小学科(事務科3学級・経理科4学級・営業科3学級)の設置

同 46年 5月19日 造道字磯野校舎竣工

同 46年 6月15日 合浦(旧浪打)校舎から磯野校舎に移転完了し授業を開始

同 46年 8月28日 プール完成

同 46年10月15日 第一体育館完成

同 48年 1月10日 創立70周年記念事業として青商会館と卓球会館完成

同 48年 3月30日 第二体育館完成

同 50年 9月17日 創立70周年記念式典挙行

同 52年 7月30日 室内練習場・弓道場完成

同 54年 4月 1日 新入生より小学科が廃止、情報処理科が新設置 商業科9学級、情報
         処理科1学級

同 54年12月13日 情報処理棟完成

同 55年 3月31日 定時制課程小湊分校が青森県立青森東高等学校平内分校に配置替え

同 55年 9月23日 創立75周年記念式典挙行

同 60年 2月 8日 柔剣道場完成、「武道館」と命名

同 60年10月12日 創立80周年記念式典挙行 創立80周年記念式事業「青森県立商業学校
         跡地の碑」建立

平成 3年 4月 1日 商業科6学級(商業科1学級減)、会計科1学級新設置(商業科1学級
         転換)、情報処理科1学級増(商業科1学級転換)で2学級

同  5年 8月30日 新通学路開通(県道より直進)

同  5年 9月25日 第85期生寄贈の標柱除幕式(校門前及び桑原野球場)

同  6年 2月28日 町名変更により青森市大字造道字磯野32番地より青森市東造道一丁目
         6番1号へ変更

同  7年 7月 4日 創立90周年記念事業として弓道場完成

同  7年10月14日 創立90周年記念式典挙行

同  7年12月 1日 創立90周年記念事業として硬式野球部部室完成

同  8年 4月 1日 商業科男女合わせ募集、1学年の学級定員40名

同  9年 4月 1日 男子ブレザー型、女子スペンサーダブル型制服となる

同 11年 4月 1日 定時制課程1学年の募集を停止

同 13年 4月 1日 商業科5学級(1学級減)、会計科1学級、情報処理科2学級

同 13年10月13日 定時制の課程を閉じる記念式典挙行

同 16年 4月 1日 商業科4学級(1学級減)、会計科1学級、情報処理科2学級

同 17年 4月17日 創立100周年記念事業「青森県立商業学校跡地の碑」再建除幕式挙行

同 17年10月 7日 創立100周年記念式典挙行(青森市文化会館)

同 18年 4月 1日 商業科3学級(1学級減)、会計科1学級、情報処理科2学級 創立年月日を
         明治35年10月1日に変更する

同 20年12月 2日 合浦スポーツハウス耐震改修

同 22年 4月 1日 会計科募集停止、商業科5学級、情報処理科1学級、くくり募集開始

同 24年 4月 1日 商業科5学級、情報処理科1学級

同 24年 9月28日 創立110周年記念式典挙行

同 29年 4月 1日 造道(旧磯野)校舎から戸山校舎(青森市戸山字安原7-1)に移転

同 29年 9月 1日 卓球会館完成

同 31年 4月 1日 商業科4学級、情報処理科1学級